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事業承継、ソコが聞きたい! 第23回 知的資産の継承

 

事業承継ではモノやカネといった見えやすい資産だけではなく、さまざまな無形の資産も引き継がれます。目には見えにくい知的資産を認識し、その価値を活かすことが、事業承継時の大きなポイントとなります。

目次

知的資産とは

知的資産とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランドなどの目に見えない資産のことであり、企業競争力の源泉となるものです。貸借対照表上に記載されている資産以外の無形の「見えない」資産を含みます。
知的資産においては、特許、実用新案権などの法的権利だけではなく、組織や人材、ネットワークなどの企業の強みとなるリソースを総称する幅広い捉え方をする必要があります。

さらに、このような企業に固有の知的資産を認識し、有効に組み合わせて活用していくことを通じて収益につなげる経営を「知的資産経営」と呼びます。 注意点として、知的資産と無形資産は同じものではないということです。借地権や電話加入権などの無形資産は、企業競争力の源泉とはなりえないため、知的財産とはいえません。

知的資産とは
(出典:経済産業省HPより)

知的資産は会社の「強み」や「価値の源泉」

どのような業界や規模の会社でも、製品やサービスを購入する顧客がいれば、その会社にはなんらかの知的資産があります。会社にとって「価値の源泉」であり「強み」である知的資産があって、それらの知的資産が事業経営に活用されているといえます。

たとえば、社内の信頼関係も知的資産のひとつと考えられます。
中小企業では、経営者と従業員の信頼関係が事業の円滑な運営には不可欠です。経営者の交代によって従来の信頼関係が喪失したため、従業員の大量退職に至った事例も存在します。
このような事態を防ぐためには、自社の「知的資産」の源泉が経営者と従業員の信頼関係にあることを後継者が深く理解して、従業員との信頼関係の構築に向けた取り組みを行う必要があります。
知的資産の承継を適切に行わなければ、従業員の大量退職により自社ノウハウが他社へ流出したり、組織の「知的資産」が弱体化したりするリスクが顕在化することもあります。

知的資産承継のために

前述した通りですが、知的資産は会社の「強み」であり「価値の源泉」でもあります。
知的資産を次の世代に承継することができなければ、その企業は競争力を失い、事業の継続すら危ぶまれます。
そこで、事業承継に際しては、自社の知的資産が何であるのかを現経営者が理解し、これを後継者に承継することが求められます。後継者が知的資産を適切に認識するためのツールとして、事業計画の作成をお勧めします。

知的資産の承継にあたっては、必要に応じて外部専門家の支援を受けることができます。
しかし,現経営者と後継者が主体的に実行することが重要です。第三者である専門家に形式的にレポートや報告書等の作成を求めるだけでは、円滑な事業承継は成り立たないことに留意すべきです。

事業価値を高める事業計画書の作成

企業は持続的に発展するため、「知的資産経営」のキモはオープン・クローズ戦略にあります。
オープンにするかクローズにするかに応じて、事業承継の取り組みをステークホルダーに認知してもらうことが必要です。
そのため企業はステークホルダーに対して、財務諸表だけでは十分に表現できない知的資産や経営手法について事業計画を示すことで、情報開示を行う必要があります。
この情報開示によるオープン戦略は、開示する側の企業にとって、以下のようなメリットがあります。

メリット1「企業価値が適切に評価される」

ステークホルダーから適切な評価を得ることができるようになるため、企業がもつ実力を正しく評価してもらえます。事業計画を作成しておくことによって社内外からの支援も受けやすくなります。

メリット2「資金調達が有利になる」

将来価値に対する確度や企業の信頼を高めることにより、金融機関から適切な評価を得られるようになります。
また、情報開示の機会が少ない中小企業にとっては、知的資産経営報告を通じて自らの潜在的な能力や成長性を金融機関に示すこともできます。

メリット3「従業員のモチベーションが向上する」

従業員が自社の強みや知的資産経営の内容を正確に認識することで、個人の仕事が自社の将来価値にどのように寄与するかが明確になるため、士気が向上します。
今後、労働市場において人材の確保が困難となると見られています。しかし、知的資産を適切に把握することによって、求職者に自社の強みをアピールして、優秀な人材の確保につなげることもできます。

メリット4「知的資産への再投資が可能となる」

企業価値の適正化によって資金調達でも有利に働くので、知的資産への再投資が可能になります。その結果、価値創造のメカニズムが強化されます。

クローズ戦略の場合の注意点

一方でクローズ戦略については、先代経営者、ベテラン従業員など、個人の暗黙知によって知的資産が形成されるので、承継には注意が必要となります。
「特許公報などでオープンにしたくないノウハウ」などの意図的に非公開にしている知的資産の承継では、先代経営者から後継者へ、ベテラン従業員から若年の従業員へ、OJTなどをとおして承継していくことになります。
一方、本来であれば、体系化・共有化したほうが望ましい「ベテラン営業パーソンが抱える顧客情報」のようなノウハウについては、事業承継プロセスの中で「暗黙知」を「形式知」として社内で共有できるようにしておきます。

事業計画書の種類

事業計画書の様式は任意のものでかまいませんが、経済産業省や都道府県が提示する書式にそって作成し、所管の官庁に提出し認定を受けておくと、公的施策の活用時に有利に働くことがあります。

事業計画書の例1「経営力向上計画」

「経営力向上計画」の書式に経営力向上のための人材育成や財務管理、設備投資などの取り組みを記載して、事業所管大臣に申請します。事業所轄大臣から認定されると固定資産税の軽減措置や各種金融支援が受けられます。既存事業・新規事業の双方が対象で、A4用紙2〜3枚程度の分量で作成できます。
(中小企業庁HPの解説:http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/

事業計画書の例2「経営革新計画」

経営革新計画は、中小企業が「新事業活動」に取り組み、「経営の相当程度の向上」を図ることを目的に策定する中期的な経営計画書です。今後、5年間の事業計画を作成します。 国や都道府県に計画が承認されるとさまざまな支援策の対象となります。また、計画策定をとおして現状の知的資産、経営課題や経営目標が明確になるなどの効果があります。
(中小企業庁HPの解説:http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kakushin/

知的資産の事業承継取り組み事例

広告業E社の概要

E社は東京都にある創業40年以上の広告会社です。従業員数は10名で、セールスプロモーション用のPOPや店舗ディスプレイなどの販促物の企画制作を行っています。
自らクライアントを開拓してきたE社の顧客の業種は幅広く、家電・AV機器・化粧品・サニタリー・トイレタリー・ペット用品などの一般消費財メーカーや大手量販店、コンビニチェーンなどを網羅しています。

現経営者はアイデアマンであり、数々の特許や実用新案権を保有しています。
たとえば、動画・音声による店頭プロモーションツールとしてワイドディスプレイを開発し、POPやディスプレイにおいても当社保有の知的財産権を活用して事業分野を拡大してきました。
E社の強みは、特許などの法的権利に加えて、大手消費財メーカーや流通企業と直接取引があるため、販促における潜在的なニーズにもとづいて、アイデア・デザイン力とスピード感をもってクライアントに販促物の提案ができることにあります。

第2創業としての事業承継

E社は創業後40年以上を経て、創業者は後継者への事業承継を検討しています。
創業者は大手消費財メーカーや量販店、コンビニチェーンとの直接販路、特許や実用新案などの知的財産権、商品特性に合わせたデザイン力などの知的資産を築いてきました。これらの知的資産は同社の強みであり、後継者に対して継承する必要があります。

一方、ネット通販の拡大により実店舗における売り上げは減少傾向にあり、消費財メーカーも広告投資をネット広告へシフトしつつあります。
ネットショッピングの普及により、最終消費者の購買行動が変化しています。欲しいものは店舗で見て確認してから、買う時には価格比較サイトで調べてから購入するようになっています。
この量販店の店舗の展示場化は、E社やE社の顧客にとって大きな影響を及ぼす脅威となっています。

また、E社では中小企業診断士の助言を受けて、「経営革新計画」を軸にIoT販売広告物の事業化を推進しています。これは、POPなどの販促物にセンサーを設置して、顧客購買行動を検知し分析するサービスです。
こうして現経営者および後継者は経営革新計画の作成を進める中で、改めて自社が抱える知的資産について棚卸しを行うことになりました。

自社の強みを再検証する

知的資産はE社にとっての「強み」です。しかし、外部環境の変化によって、これまでの強みは強みでなくなる可能性があります。現状ではPOPを制作する技術は強みではありますが、POP自体のニーズが減少していくと強みとはいえなくなります。
そこでE社では、従来の知的資産を活かしつつ、新たな知的資産を作り上げていく第2創業を進めています。今後の人材採用においても、デザイナーに加えて、ソフトウェアの開発者を加えることを検討しています。また、経営革新計画に沿って、広告物の制作企業から、IoTによるデータマーケティング企業へと事業転換を進めています。

 

プロフィール

一般社団法人 多摩経営工房(多摩ラボ)

中小企業診断士、社会保険労務士、税理士、ITコーディネータ等の資格を持つプロのコンサルタント集団で構成されている。
さまざまな分野や業種での実務経験が豊富な専門家が、日本経済を支える中小企業の役に立ちたいという強い意思と情熱を持ち、また日本の中小企業が持つ優れた技術やサービスを広く海外に展開し、国際社会にも寄与すべく以下の活動を行っている。

  • 多摩地域の企業の経営課題解決のため、地元密着でサポート
  • 企業と行政・金融機関などを繋ぐパイプ役として、また専門的知識を活用した中小企業施策の活用支援など、幅広い活動を通して企業発展を支援

多摩経営工房(多摩ラボ)ホームページ
http://tama-labo.jp/

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プロフィールページ:落合 和雄(落合和雄税理士事務所)

 

 

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