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事業承継、ソコが聞きたい! 第21回 取引先との協議

 

事業承継では、親族内承継、役員・従業員への承継、社外承継などでのそれぞれの留意点がありますが、そのほかにも全般的に共通した留意事項があります。
今回からは、さまざまな事業承継で共通した留意事項をご紹介します。

取引先から理解を得ることの大切さ

事業承継を検討する際、重要な課題のひとつに「取引先の理解を得ること」が挙げられます。
これまで特にトラブルもなく取引先と円滑に取引をしてきた場合、事業承継は社内の問題という認識が強いために、取引先との関係も当然のように継続されると考えがちです。

しかし、中小企業での経営者の交替は、取引先にとっても大きな環境の変化です。
原材料の仕入れ先や製品・サービスの販売先にとっては、自社がどう変わるのかを気にすると同時に、場合により取引関係の見直しの契機になることもあります。

特に、現経営者の人間関係が取引のよりどころになっている場合は、経営者の交替で取引関係や取引条件などを見直されるきっかけになる可能性があります。円滑な事業承継には、取引先の理解が得るための充分なコミュニケーションが望まれます。

仕入れ先との協議

現金取引先以外では、一般的に仕入れ先との取引関係は信用取引になります。自社への掛け売りの形で仕入れ先から信用を与えられて、取引が成立しています。
ですから、仕入れ先から見れば、経営者交替は経営体制の大きな変化であり、継続して信用を供与できるかどうかを見直す格好の機会になります。
仕入れ先との関係については、特に以下の留意が必要です。

取引条件や差し入れ担保の見直し

現経営者の個人資産を仕入れ先に担保として差し入れている場合があります。
その場合、経営者の交替を機に、担保物件の増加や担保順位を上げる依頼が出ることがあります。
金融機関では担保価値物件や担保順位が確保されている場合が多いです。しかし、商事債権者の場合は、実質的に価値が見込まれない個人保証のような担保も多いものです。そこで経営者交替を機に、取引保証金の増額など、追加担保を交渉される可能性もあります。

○取引条件の見直し事例1

製缶業を営むT社では、現社長が高齢のために息子へ経営のバトンタッチを行うことにしました。その第1段階として、息子を常務取締役に登用して、工場の現場管理や取引先との交渉を任せました。

その際、取引量が増え続けているため、材料の鋼板の仕入れ先であり少数株主である商社より、追加担保の要求がありました。
T社は社長以下、すでに工場の土地建物の根抵当権や個人保証の差し入れがあること、取引銀行への先順位の維持のため、後順位の商社にとって担保価値の実質的な増加が見込めないことを理由に、追加担保を拒否しました。

しかしT社は追加担保の差し入れは免れたものの、最終的には商社のOBの受け入れを余儀なくされて、年間数百万円の経費増になりました。

信用のある経営者が身を引くことに対する取引先の社内の不安も認識して、先方の担当営業も巻き込んで根回しをしていれば、違った展開の可能性もありました。

○取引条件の見直し事例2

カーテン製造業のA社は、繊維商社M社から原料を仕入れています。
両社の関係はA社の社長とM社の部長が同窓ということから始まり、十年近くに渡り継続してきました。
A社では社長の高齢化により、世代交代を進めてきました。一方、M社でも部長の交代があり、新部長は取引先との取引条件の見直しに着手していました。

ある時、A社での世代交代が進んでいることがM社に伝わると、M社からA社に対して掛け売り期間の短縮の依頼がきました。しかし掛け売り期間の短縮は、A社の資金繰りに大きく影響を及ぼすため、A社も簡単に受け入れることはできません。

A社の現社長と次期社長とで必死にM社に交渉した結果、何とか従来通りの掛け売りの期間を当面維持してもらえることになりました。
しかし、次期社長の個人連帯保証と個人不動産への根抵当権の設定、月次報告の説明会の開催という条件を飲まされました。

A社がもう少し早くM社にしっかり根回しをしておけば、違った結果になっていた可能性があります。

仕入れの既得権を失う場合も

地場産業などの閉鎖的な業界や商権での事業承継では、上手に継承できないと既得権を失う可能性もあります。

○既得権を失った事例

静岡で茶商を営むN社は、社長の後継者として遠縁のひとりが引き継ぐことになりました。
N社の社長は地元の出身で、地元で良い茶葉が取れるD茶園の経営者と同窓の仲だったため、長年に渡り取引が続いていました。
D茶園の茶葉への評価はとても高かったのですが、D茶園はとても閉鎖的な取引をしていて、他社から新規の取引を持ちかけられても拒んでいました。

一方、経営者が変わっても、これまでと同様に仕入れができると判断して、N社では経営者が交代しました。
しかし、後継者が業界の部外者だったことに加え、N社が根回しも行わなかったことで、D茶園はN社への茶葉の取引を拒絶しました。

結局、N社は得意先への販売ルートの維持のために、数社を間に入れたルートでD茶園の茶葉を仕入れするしかなくなり、結果的に高価な仕入れを余儀なくされました。

茶葉に限らず、閉鎖的な商習慣がある業界や商品では、取引関係の継続性を意識した後継者選びや取引先への根回しが必要になる場合があります。

対仕入れ先へのチェックリスト

事業承継時の仕入れ先に対して、考慮すべき点は以下のようなものがあります。

○対仕入れ先へのチェックリスト

  • 仕入れ先との取引条件が他社とくらべて実力以上に優遇されていて、その見直しがされる可能性はないか?
    (場合により第三者に依頼して、業界の平均的な取引条件を調べておくことも必要)
     
  • 金融機関からの借入以外に、自社の運転資金に組み込んでいる仕入債務先がある場合、事業承継の連絡がしっかりとできていて、引き続き運転資金として見込めるかどうか?
     
  • 仕入れの権利が現社長の属人的な人間関係に依存していないか?
    もし人的な依存度が高い場合は、人間関係も含めて円滑な継承の準備や根回しができているか?
     
  • 事業継承のスキームによって別法人を設立する場合は、別法人化することで既得権を失うリスクはないか?
    別法人化することの事前の根回しは不要かどうか?
     
  • 仕入れ先の自社に対する与信方針を確認できているか?
    先方の担当者としっかりコミュニケーションを取って、事業承継にあたって従来通りの取引条件が維持されるか確認が取れているか?
     

販売先との協議

売り上げの維持や増加のために既存の販売先が必要不可欠なのはいうまでもありません。
一方で、事業承継によって製品やサービスの品質が低下する懸念を販売先に与えれば、せっかくの取引関係が悪化して売り上げの減少につながりかねません。
ですから、販売先との間で十分なコミュニケーションが求められます。

販売先への新体制の説明

販売先にとっては、新経営者のもとで製品やサービスが従来通り提供されるかどうかが大きな関心事です。事業承継がきっかけでベテラン社員が辞めることや、マネジメントが甘くなるなどにより、製品の品質やサービスレベルの低下が起これば、販売先の信用を失います。
新しい経営体制になっても従来通りの生産体制で品質の維持をはかることなどをしっかり説明しなければなりません。

○品質低下の事例

高級家具の修繕業を営むS社は、現在の社長と専務、および長年一緒に働いてきたベテラン職人数名の会社でした。
高級家具の修繕業界では、安価な家具の台頭によりニーズの低下という問題を抱えています。
しかし、S社の品質の高さは知られており、同業他社が廃業などで減少する中で、法人顧客を確保して役員用の高級机の研磨や再塗装、応接セットの生地張替などを請け負い安定的な経営をしてきていました。

そのS社でも、社長の高齢化により世代交代の時が訪れ、専務に事業を譲渡して、新体制で再スタートすることになりました。 その際に、ベテランの職人の1人も退職することとなり、納期への影響が出ることが予測できました。そこですぐさま、その旨を主要法人顧客に伝えました。

すると、1社からはニーズの低下を理由に契約を打ち切れましたが、長年に渡って良好な取引関係だった取引先からあらためて高い技量を評価されました。従来の修繕業務に加えて、技術的には比較的容易な汎用品の応接セットの修理業務も新たに受注でき、全体として売り上げを維持できる見込みとなりました。
サービス品質の低下により一部の顧客を失った一方で、事業承継に伴う影響を顧客に早めに相談したことで幸いにも商権の維持ができました。

人脈の維持

現社長が脈々と築き上げてきた販売先との人間関係で、特に下請として活動してきた場合は、納品先の幹部や購買担当者との人間関係をしっかり引き継ぐ必要があります。
後継者を早い段階から商談に同行させるなど、時間をかけて人間関係を継承することが望まれます。

○人脈の維持の事例

金属部品会社F社は、車のドアノブなどを製造しています。
現社長は、大手自動車メーカーの一次下請のG社から独立開業し、二次下請としてG社を中心に販路を拡大してきました。

現社長は、G社との人脈を活かして社長自ら営業の第一線で活発な営業活動を行っており、G社の厚い信頼も得ていました。
ところが、社長が長年に渡り自ら営業を兼務してきたことから、社長の後継者だけではなく、営業の後継者も育っていませんでした。
取引先のG社側も、現社長が元社員という理由でF社と付き合っているという意識もあったため、F社が事業承継に取り組む過程でG社はF社との取引を縮小しました。F社は、他のライバル会社にシェアを奪われる寸前までになりました。

しかし、たまたまG社の役員の1人が現社長の旧知の仲だったので、必死のお願いにより結果的にわずかな発注数の減少でおさまり、工場と従業員を維持できる売り上げを確保できました。

このように特定の取引先と属人的な関係で事業を行う場合は、事業承継を検討し始めるタイミングから後継者候補を主担当者として社長と同行させるなど、将来の事業承継について取引先の理解を早い段階で得ておくことが重要です。

対販売先へのチェックリスト

事業承継時の販売先に対して考慮すべき点には、以下のようなものがあります。

○販売先へのチェックリスト

  • 事業承継の結果、世代交代によるベテラン人材の流出など、技術力・注文処理能力が低下して、売り上げが減少する懸念がないか?
    もし懸念がある場合、それをどう補うか具体的に検討しているか?
     
  • 事業承継により、販売先との人間関係が希薄化し、商権を失う懸念はないか?
    特に現経営者が独立開業して古巣の会社を主体に販売を行っている場合、その商権がしっかり維持、承継できるように準備や取り組みを行っているか?
     
  • 事業継承のスキームにより別法人を設立する場合、別法人となることで既得権を失うリスクはないか?
    また、別法人化することの事前の根回しは不要か?
     

 

プロフィール

一般社団法人 多摩経営工房(多摩ラボ)

中小企業診断士、社会保険労務士、税理士、ITコーディネータ等の資格を持つプロのコンサルタント集団で構成されている。
さまざまな分野や業種での実務経験が豊富な専門家が、日本経済を支える中小企業の役に立ちたいという強い意思と情熱を持ち、また日本の中小企業が持つ優れた技術やサービスを広く海外に展開し、国際社会にも寄与すべく以下の活動を行っている。

  • 多摩地域の企業の経営課題解決のため、地元密着でサポート
  • 企業と行政・金融機関などを繋ぐパイプ役として、また専門的知識を活用した中小企業施策の活用支援など、幅広い活動を通して企業発展を支援

多摩経営工房(多摩ラボ)ホームページ
http://tama-labo.jp/

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プロフィールページ:落合 和雄(落合和雄税理士事務所)

 

 

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