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【シリーズ・歴史に学ぶ顧問】第1回「竹中重治(竹中半兵衛)」

文:ランチェスター社労士 川端康浩

 将軍を支えた参謀や軍師

源平の戦い、南北朝時代、戦国時代、幕末など、日本には戦乱の時代がありました。そのような時代には将軍をサポートする、いわゆる参謀や軍師と呼ばれる武将も存在しました。

とりわけ戦国時代の参謀や軍師は、その活躍ぶりから後の世でクローズアップされ、小説や映画、大河ドラマの中でも主役をはじめとして重要な役回りを果たすこととなります。

たとえば、武田信玄を支えた山本勘介。上杉景勝の直江兼続。徳川家康の本多正信。豊臣秀吉の竹中半兵衛と黒田官兵衛。秀吉の実弟である豊臣秀長は心強い軍師であったでしょう。

 士業と軍師

一方、私たち士業は、経営者をサポートする立場にいます。

士業に期待されるのは、外部の専門家ならではの助言やサポートです。

社内役員や社員という立場ではない士業には、客観性と専門性を活かした助言や、それと同時に親身なサポートも顧問先の経営者から期待されます。実際、そのようなサポートを受けられたとすればとても心強いことでしょう。

 「経営者の心強い顧問」という士業の立場は、歴史上における軍師や参謀と通じるものがあります。このシリーズでは、顧問とも呼べる立場で歴史上、活躍した人にスポットを当てて行きたいと思います。

1回目でご紹介するのは、竹中重治。通称「半兵衛」です。

信長も唸らせた策士、竹中半兵衛

豊臣秀吉が織田信長配下の武将であった頃、秀吉の出世を支えたのが竹中半兵衛です。

竹中重治、通称「半兵衛」は美濃大野郡(岐阜県揖斐郡)の城主である竹中重元の子として生まれ、父の死後に美濃の国を治めていた稲葉山(後の岐阜城)城主、斎藤義龍に仕えます(斎藤義龍は下剋上で有名な斎藤道三の息子です)。

竹中半兵衛が斎藤家に仕えていた頃、織田信長の軍勢による侵攻が二度ありましたが、半兵衛の巧みな戦略により二度とも撃退に成功しています。

ところが、義龍の死去後に後を継いだ斎藤龍興があまりにも無能、信望もなかったこともあり、半兵衛はクーデターを起こします。

半兵衛は15647月、部下と一緒にたった17人、わずか1日で稲葉山城を奪って占拠し、信長方を、ひいては天下を仰天させます。

信長、秀吉によるリクルートから秀吉の参謀へ

半兵衛による稲葉山城の占拠時、信長は「城の受け渡し」を半兵衛に対して申し入れますが、半兵衛は「主君を諌めるためにした行為である」と断りました。半兵衛のクーデターは主君に反省を求める行為とされたのです。

その後、実際に城を龍興に返却し、半兵衛は隠棲します。

半兵衛なき稲葉山城は、その後、信長によってついに攻略され、斎藤家は滅亡しますが、隠棲した半兵衛を信長が放っておくはずがありません。

信長は、織田の侵攻を2回も寡兵で撃退した上に、たった17人で城を奪うという行為をやってのける半兵衛を大変高く評価していました。

斎藤家を去った半兵衛に対して、部下の木下藤吉郎(後の秀吉)の配下に入れる形で信長は勧誘に成功。ここに秀吉は智謀あふれる竹中半兵衛を片腕として迎えることになります。

この後、半兵衛は、織田信長配下の出世頭である秀吉の軍師として活躍し、数多くの戦功や、長篠の戦いでは秀吉の窮地を救うなどの働きを見せますが、1579年、播磨三木城の城攻め包囲中に病に倒れ、陣中で没しました。半兵衛の容姿は婦人のようだと侮られるほどであったそうですが、その気骨や生き様は軍人そのものでした。

半兵衛の逸話で有名なのは次のエピソードです。

黒田官兵衛の窮地を救う

1578年頃、摂津の国(大阪府)の有岡城主の荒木村重が、信長に突然反旗を翻しました。

そこで秀吉は、荒木村重を説得するために、配下の黒田官兵衛を派遣しますが、有岡城に入った官兵衛は村重に捕らえられてしまいます。

信長は、帰って来ない官兵衛が寝返り、荒木側に加担したと考えました。そして見せしめのために、官兵衛の息子である松寿丸(黒田長政)の処刑を秀吉に命じました。

しかし、竹中半兵衛は官兵衛の裏切りはないと考えていたため、松寿丸を自分の部下の屋敷に隠して命を助けます。

そして、実際、官兵衛の裏切りはありませんでした。

後に幽閉から解放され、半兵衛がわが子を救ってくれた事を知った黒田官兵衛。しかし半兵衛はすでに病によって亡くなった後でした。

半兵衛の行いに深く感謝した官兵衛。半兵衛への感謝の気持ちを込めて、黒田家の家紋を竹中家の家紋に替えたと言われています。

もしこの時、半兵衛が言われたとおりの事しかできない人物だったとしたら、歴史はどう変わっていたでしょうか。

未来を見渡す視点

士業は顧問として、外部から企業への支援をしています。

また企業は、顧問に対して、外部ならではの支援を求めています。

したがって、私たち士業は、この半兵衛のように、顧問の視点から会社の未来を見据えて、やるべき事を提案したり活動したりする姿勢が大切だと思います。

いま目に見えるものも大事ですが、先を見る視点こそ、顧問は求められているのです。

執筆者プロフィール

川端康浩(かわばた・やすひろ)

社会保険労務士 アサヒマネジメント/かわばた社会保険労務士事務所代表

人事コンサルの経験を活かしながら経営者と人事向けのランチェスター研修の活動も行う社会保険労務士。会社の強みを活かしたしくみづくりと実践支援が好評で、著書には『会社が得する!社員も納得!就業規則』(ソーテック社)、『一位づくりで会社も社員も変わる ランチェスター経営戦略シート活用のツボ』(セルバ出版)がある。

 

 

著書