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「私が考える顧問選びのコツ」回答者:税理士 石橋將年(いしばし・まさとし)さん

企業経営者や資産家、プロフェッショナルにとり、専門外の分野や領域に心強い味方がいれば、さらに本来の力を発揮することができるはず。
一方で、積極的に企業の経営戦略に関わろうという専門家も増えてきました。 ここで困るのが顧問の選び方です。
単なるアウトソーシング先ではない顧問を探したい、顧問が欲しいという読者向けに、各界のプロが顧問選びのポイントを伝授します。

 

「顧問選びのコツを教えてください」という編集部の要望に快くお答えいただいたのは、日本橋に石橋税理士事務所を構える税理士の石橋將年先生。石橋先生に「税理士の顧問選び」を伝授していただきました。

(編集部)

1.優先順位を決めましょう

税理士に限らず、どんな人間にも長所・短所があります。選ぶ際の項目ですが、一般的には次のようになると思います。

  • 年齢(自分と同じくらいの年齢か?)
  • 性格(感じが良いか? 分からない事を気軽に聞けそうか?)
  • 報酬(費用は相場から外れていないか?)
  • 専門知識(特定の分野について他の税理士よりも知識・経験が豊富か?)
  • 立地(自宅や職場から近いか?)

全ての条件を満たす税理士を探してはいけません。そんな税理士はいませんから(笑)。
ですので、自分なりの優先順位をつけるのですが、私が選ぶ際は、つぎの優先順位で決めるでしょう。

性格>年齢>専門知識>立地>報酬

「専門知識が最優先じゃないの?」というご意見があるかもしれません。ですが、その専門知識を聞く際に、聞きづらい税理士であっては、お願いする意味がありません。ですので、まずは性格(聞きやすさ)と年齢を重視して選んでみましょう

2.ホームページを見る際のポイント

(1)本人の写真を見る

私であれば、最初に写真を見ます。もちろん、写真では性格は分からないのですが、迷ったときは、最後は直感になるかと思いますので。笑った写真があると、こちらも安心ですよね

(2)専門知識があるか?(分かりやすい記事+自分の経験を語る記事)

記事の質といっても、難しく考える必要はありません。簡単な言葉で分かりやすく説明しているかを見れば良いのです。逆に、難しい用語(例えば、選別する・認定する・適用する)が多くあるようなら、きちんと説明してもらえるのか、不安ですよね。

また、「○○という事例があって困ったが、○○のように解決した」というように、自分の経験を書いた記事が多くあると、経験値が高い専門家といえるかもしれません。

3.アポイントを取る際はどうすればよい?

電話やメールで聞くべき項目としては、次が挙げられます。

  • 相談内容(確定申告・会社決算といった、具体的にお願いしたい事項)
  • 相談料(初回相談料は無料なのか?)
  • 相談日時(平日だけでなく土日も可能か?)

本命の税理士には、お電話でアポイントを取るほうが良いかもしれません。
というのは、電話の応対で、ある程度、事務所の雰囲気が分かるからです。また、インターネットからのお問い合わせに慣れている事務所であれば、問題のポイントを整理してくれるでしょうし、メールの返信も早いと思います。

ただし、ご注意頂きたい点があります。
それは「無料相談だけが目的ではなく、きちんと依頼の意思がある」ということを伝えることです

依頼するお気持ちがあるのに、相談内容や予算の関係で成立しなかった。それは全く問題ありません。
ですが、なかには(とても少数ですが)聞きたいことだけを無料で聞こうという方もいらっしゃるんですね。ですので、その点にはお気をつけください。

4.相談当日の心構え

初回の相談時に注意して頂きたいのが、「質問の内容が期待通りでなくても、それだけで判断しない」ということです。
私がお受けする相談のなかに「現在、不動産投資をしているが、不動産管理会社を設立して節税したい」というものがあります。たしかに会社を設立すれば節税になるのですが、同時に社会保険料の負担が発生してしまいます(会社が役員にお給料を払う場合、そのお給料に高い率の社会保険料がかかるのです)。
税理士のなかには、そのことを知っていて(または本当に知らないで)安易に会社設立を勧める方もいらっしゃいます。会社設立すれば、税理士は報酬をもらえるのですから。

ですが、私の方針としては、税金だけを考えず、「税金+社会保険料」のトータルの負担で会社設立を考えます。ですので、私がご相談にのると、そのことをご説明し、いったんお帰り頂く事が多いです(私には1円も入りませんが、その方が相談者様のためになるからです)。
それらのことは、相談者様にはすぐには分からないかもしれません。ですので、相談中の税理士の態度や口調を見て、「この税理士は自分のことを心配してくれそうかな?」ということを第一に選ぶのが良いかと思います。

5.税理士が嬉しくなってしまう依頼者とは?

  • 全てをお話し頂ける方(売上等を隠されても困りますので・・・)
  • ある程度、税理士にお任せ頂ける方(人はお願いされると全力を尽くすものです)
  • 前の税理士先生の悪口を言わない方(こちらも陰で悪口を言われると思うと、モチベーションが下がります・・・)

以上、私が考える税理士選びのコツについてご説明してまいりました。繰り返しになりますが、まずは人柄、それから専門知識を確認してみてください。

他の資格(弁護士等)と違い、税理士との契約は長期になることが多いです。税理士をご紹介で探す方も多いと思いますが、その場合は、「断りにくい」「専門知識の有無」といったことが問題になると思います
ぜひ、ホームページで気に入った税理士があれば、積極的にお会いしてみてください。皆様にとって、良い税理士先生が見つかることをお祈り申し上げます。

回答者プロフィール

石橋將年(いしばし・まさとし)さん

東京都中央区築地出身。実家は築地市場で乾物屋を営む。

都内2カ所の税理士法人・会計事務所で十数年の実務経験を積み、東京都中央区日本橋茅場町にて平成23年に石橋税理士事務所を開業。

実家の商売上の様々な問題に直面し、また、実家での不動産賃貸業の経験を生かし、サラリーマン税理士にはできない、相手の立場に立った親身なアドバイスには定評がある。主な顧問先は中小企業・個人事業者・不動産オーナー・地主・士業(弁護士・弁理士等)・医師等。

「作業」よりも「相談」に重きをおいて仕事をするがモットー。

 

 

 

 

 

 

【シリーズ・歴史に学ぶ顧問】第2回「大谷吉継」

文:ランチェスター社労士 川端康浩

小姓から秀吉に仕えた大谷吉継

「歴史に学ぶ顧問」の第2回では大谷吉継を取り上げます。


大谷吉継(おおたに・よしつぐ)は、1559年(永禄2年)近江の国(現在の滋賀県)で、武士の大谷吉房の子として生まれたといわれています(諸説あり、大分県生誕説も)。

吉継は若い頃から聡明で、1573年には羽柴秀吉の小姓として仕えて可愛がられました。吉継は秀吉配下の武将として、秀吉を織田信長の継承者と決定づけることとなった賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いや、秀吉の九州攻めなどで活躍し、秀吉の天下取りが進むにしたがって出世します。1585年に刑部少輔に任官し、1589年には越前(今の福井県)敦賀の城主となります。

ところで、この吉継の歴史を語る際には、石田三成との関係が必ず登場します。吉継と三成、2人の関係とその歴史はどのようなものだったのでしょうか。

秀吉を支えた派閥

天下人の豊臣秀吉政権には、大きく尾張派と近江派の2つの派閥がありました。

尾張派は、秀吉の出身地である尾張を出身とした加藤清正、福島正則、浅野幸長など、秀吉の正室おねね(北の政所)との結びつきが強い武将たちで、武断派とも呼ばれました。

一方、近江派は、秀吉が初めて城持ち大名となった長浜城主時代に、地元近江(今の滋賀県)で主に採用した石田三成、小西行長、増田長盛など、戦場の働きよりも行政処理能力に優れ、豊臣政権の政務を取り仕切った武将たちで、文治派とも呼ばれました。

吉継は、同郷出身ともいわれ、年齢も近い石田三成ととても親交が厚い仲でした。

盟友、石田三成との信義

吉継と石田三成との間柄に関しては、次のような話が伝えられています。

吉継はある時から、らい病を患っており、顔面が膿んでしまったそうです。そのような折に大阪城で武将達が列席する茶会がありました。

茶の飲み回しの順番が先である吉継。気をつけて飲んだにもかかわらず、膿が一滴、湯呑みに落ちました。それを見た列席の諸武将は茶を飲むふりをして過ごします。

顔色を失くす吉継の前で順番が回って来た三成は、湯呑みを受け取ると何ごともなかったように一気に飲み干し、「良い茶である」と言って吉継の面目を保ちました。

このような話が伝えられていることからも、吉継と三成の二人には大きな信頼関係があったことが伺えます。

秀吉亡き後の混乱

1598年、病床で死の近いことを悟った秀吉は、自身の死後に秀吉の子・秀頼を盛り立てて豊臣政権を維持して行く約束(五大老の誓紙)を、有力な大名たちと交わし合いました。

その夏、秀吉はこの世を去りますが、その翌年に調停役であった政権の重鎮である加賀の前田利家が亡くなると、潜在化していた豊臣政権下の確執が一気に表面化します。

そして、近江派の三成を亡き者にしようと、三成に積年の恨みのある加藤、福島、浅野らの武断派は三成の大阪屋敷を急襲するのです。

三成は伏見に難を逃れますが、滋賀県領地の佐和山城への引退を余儀なくされます。

一方、五大老の筆頭である徳川家康も、勝手に身内と他大名との婚姻を行ったり、大阪城内にもう一つの天守閣を築いて政務を行ったりなど、勝手な振る舞いを始めました。

家康に敵対する三成

1600年、豊臣政権下でその野心を露にし、専横を強くする徳川家康。

その家康に対して、越後(新潟県)の大名である五大老上杉景勝が、片腕の直江兼続と連携し、「直江状」と呼ばれる書状を送るなどして敵対しました。その行為に対して今度は家康が上杉征伐に乗り出します。

この機を捉え、表面上は隠棲と見せていた三成ですが、水面下で打倒家康を行うべく活動をしており、これを好機と捉えて挙兵します。

三成を諌める吉継だったが

このとき、吉継はもともと家康軍へと合流しようと関東へ向う途中でした。そこで三成は吉継と会談を行い、三成は自軍に勧誘します。この時、吉継は三成に挙兵を辞めるように諌めます。

その理由は、「三成の家禄が少ないこと」(19万石。家康は250万石)と、「人徳がないこと」です。三成に横柄だと言う諌め方からしても、2人は率直にものを言い合える間柄でした。

しかし、決意は固く翻意しない三成。これを見た吉継は、盟友として三成の西軍側に加担することを決意します。

この会談で、吉継は三成に「家康を東国に帰したのは、虎を野に放つようだ。なぜ途中で暗殺しなかったのか」と言ったとも伝えられています。

もし、これよりずっと以前にこの会談があり、三成が吉継を軍師格で迎えていれば、その後の歴史は変わったかもしれません。

そして関ヶ原の戦いへ

1600年9月15日。天下分け目の「関ヶ原」で合戦が行われました。

吉継が加担した三成側の西軍は、家康側の東軍に対し、戦い半ばまで同等の戦いをしていました。

しかし、この戦いの最中、西軍だった小早川軍1万5千の兵が大きな裏切りを行います。突如として、小早川軍が西軍に襲いかかり、戦況は激変。三成側は壊滅してしまうのです。

この時に2度にわたって小早川を押し返したのは吉継でしたが、残念ながら武運つたなく吉継は戦死します。

合理性と信義を全うした吉継

吉継は石田三成の軍師ではありませんが、三成を支えて一時は関ヶ原で西軍の勝利が見えそうな機会まで持って行きました。

己の振る舞いをもって、支えとはこうあるべき、というものを吉継は示しました。これが現在の大谷吉継人気へ繋がっていると思います。

士業は刀を持って戦う訳ではありませんが、適切な忠告を常に行う立場にあります。私たちも吉継のように、適切な忠告を顧問先に行うようにありたいと思います。

執筆者プロフィール

川端康浩(かわばた・やすひろ)

社会保険労務士 アサヒマネジメント/かわばた社会保険労務士事務所代表

人事コンサルの経験を活かしながら経営者と人事向けのランチェスター研修の活動も行う社会保険労務士。会社の強みを活かしたしくみづくりと実践支援が好評で、著書には『会社が得する!社員も納得!就業規則』(ソーテック社)、『一位づくりで会社も社員も変わる ランチェスター経営戦略シート活用のツボ』(セルバ出版)がある。

 

著書

 

【シリーズ・歴史に学ぶ顧問】第1回「竹中重治(竹中半兵衛)」

文:ランチェスター社労士 川端康浩

 将軍を支えた参謀や軍師

源平の戦い、南北朝時代、戦国時代、幕末など、日本には戦乱の時代がありました。そのような時代には将軍をサポートする、いわゆる参謀や軍師と呼ばれる武将も存在しました。

とりわけ戦国時代の参謀や軍師は、その活躍ぶりから後の世でクローズアップされ、小説や映画、大河ドラマの中でも主役をはじめとして重要な役回りを果たすこととなります。

たとえば、武田信玄を支えた山本勘介。上杉景勝の直江兼続。徳川家康の本多正信。豊臣秀吉の竹中半兵衛と黒田官兵衛。秀吉の実弟である豊臣秀長は心強い軍師であったでしょう。

 士業と軍師

一方、私たち士業は、経営者をサポートする立場にいます。

士業に期待されるのは、外部の専門家ならではの助言やサポートです。

社内役員や社員という立場ではない士業には、客観性と専門性を活かした助言や、それと同時に親身なサポートも顧問先の経営者から期待されます。実際、そのようなサポートを受けられたとすればとても心強いことでしょう。

 「経営者の心強い顧問」という士業の立場は、歴史上における軍師や参謀と通じるものがあります。このシリーズでは、顧問とも呼べる立場で歴史上、活躍した人にスポットを当てて行きたいと思います。

1回目でご紹介するのは、竹中重治。通称「半兵衛」です。

信長も唸らせた策士、竹中半兵衛

豊臣秀吉が織田信長配下の武将であった頃、秀吉の出世を支えたのが竹中半兵衛です。

竹中重治、通称「半兵衛」は美濃大野郡(岐阜県揖斐郡)の城主である竹中重元の子として生まれ、父の死後に美濃の国を治めていた稲葉山(後の岐阜城)城主、斎藤義龍に仕えます(斎藤義龍は下剋上で有名な斎藤道三の息子です)。

竹中半兵衛が斎藤家に仕えていた頃、織田信長の軍勢による侵攻が二度ありましたが、半兵衛の巧みな戦略により二度とも撃退に成功しています。

ところが、義龍の死去後に後を継いだ斎藤龍興があまりにも無能、信望もなかったこともあり、半兵衛はクーデターを起こします。

半兵衛は15647月、部下と一緒にたった17人、わずか1日で稲葉山城を奪って占拠し、信長方を、ひいては天下を仰天させます。

信長、秀吉によるリクルートから秀吉の参謀へ

半兵衛による稲葉山城の占拠時、信長は「城の受け渡し」を半兵衛に対して申し入れますが、半兵衛は「主君を諌めるためにした行為である」と断りました。半兵衛のクーデターは主君に反省を求める行為とされたのです。

その後、実際に城を龍興に返却し、半兵衛は隠棲します。

半兵衛なき稲葉山城は、その後、信長によってついに攻略され、斎藤家は滅亡しますが、隠棲した半兵衛を信長が放っておくはずがありません。

信長は、織田の侵攻を2回も寡兵で撃退した上に、たった17人で城を奪うという行為をやってのける半兵衛を大変高く評価していました。

斎藤家を去った半兵衛に対して、部下の木下藤吉郎(後の秀吉)の配下に入れる形で信長は勧誘に成功。ここに秀吉は智謀あふれる竹中半兵衛を片腕として迎えることになります。

この後、半兵衛は、織田信長配下の出世頭である秀吉の軍師として活躍し、数多くの戦功や、長篠の戦いでは秀吉の窮地を救うなどの働きを見せますが、1579年、播磨三木城の城攻め包囲中に病に倒れ、陣中で没しました。半兵衛の容姿は婦人のようだと侮られるほどであったそうですが、その気骨や生き様は軍人そのものでした。

半兵衛の逸話で有名なのは次のエピソードです。

黒田官兵衛の窮地を救う

1578年頃、摂津の国(大阪府)の有岡城主の荒木村重が、信長に突然反旗を翻しました。

そこで秀吉は、荒木村重を説得するために、配下の黒田官兵衛を派遣しますが、有岡城に入った官兵衛は村重に捕らえられてしまいます。

信長は、帰って来ない官兵衛が寝返り、荒木側に加担したと考えました。そして見せしめのために、官兵衛の息子である松寿丸(黒田長政)の処刑を秀吉に命じました。

しかし、竹中半兵衛は官兵衛の裏切りはないと考えていたため、松寿丸を自分の部下の屋敷に隠して命を助けます。

そして、実際、官兵衛の裏切りはありませんでした。

後に幽閉から解放され、半兵衛がわが子を救ってくれた事を知った黒田官兵衛。しかし半兵衛はすでに病によって亡くなった後でした。

半兵衛の行いに深く感謝した官兵衛。半兵衛への感謝の気持ちを込めて、黒田家の家紋を竹中家の家紋に替えたと言われています。

もしこの時、半兵衛が言われたとおりの事しかできない人物だったとしたら、歴史はどう変わっていたでしょうか。

未来を見渡す視点

士業は顧問として、外部から企業への支援をしています。

また企業は、顧問に対して、外部ならではの支援を求めています。

したがって、私たち士業は、この半兵衛のように、顧問の視点から会社の未来を見据えて、やるべき事を提案したり活動したりする姿勢が大切だと思います。

いま目に見えるものも大事ですが、先を見る視点こそ、顧問は求められているのです。

執筆者プロフィール

川端康浩(かわばた・やすひろ)

社会保険労務士 アサヒマネジメント/かわばた社会保険労務士事務所代表

人事コンサルの経験を活かしながら経営者と人事向けのランチェスター研修の活動も行う社会保険労務士。会社の強みを活かしたしくみづくりと実践支援が好評で、著書には『会社が得する!社員も納得!就業規則』(ソーテック社)、『一位づくりで会社も社員も変わる ランチェスター経営戦略シート活用のツボ』(セルバ出版)がある。

 

著書

 

【マンション管理組合が弁護士に顧問を依頼する場合のポイント】 マンション管理士の資格も持つ弁護士小川敦司

文:マンション管理士の資格も持つ弁護士 小川敦司

今回はマンション管理組合が弁護士に顧問を依頼する場合の事務所の選び方について考えてみたいと思います。

まずマンションの運営実務について深く理解していること

マンション管理組合においては、管理費の滞納問題、お金の管理の問題、大規模修繕の問題、駐車場の問題、迷惑区分所有者の問題など、様々な法律問題が日常的に生起してきます。このような傾向は、マンション管理組合の規模が大きくなればなるほどに顕著です。そして、これらの問題をマンション管理組合の理事会メンバーだけで対応するのは往々にして困難ですし、徒に当事者感情がこもるばかりで専門性を欠く対応となれば、ときに問題に火に油を注ぐことにもなりかねません。

そこで顧問弁護士が登場し、マンション管理組合で日々生起する法律問題に対して対応してゆくこととなります。企業の顧問弁護士と同じく、マンション管理組合の顧問弁護士についても1年単位の年間契約となり、そこからマンション管理組合と長期的な関係が続くことが多いものです。

このように一つのマンション管理組合と長期間向き合う顧問弁護士には、当然のように区分所有法などのマンションに関する法的知識のみならず、マンション管理組合運営の実務についての経験に根差した深い理解が必要となります。

たとえば滞納管理費の回収一つを取ってみても、六法全書を開けば所要の手続きの流れが一体どのようなものか、どの弁護士でも手続きの名前や条文くらいは出てくるかもしれません。

しかし、たとえば交渉、訴訟、さらに専有部分の競売へと事態が進展することが予想される際に、その弁護士にその手続きの経験はあるでしょうか。手続きの流れやそれにかかる時間、費用、それにリスクについてどこまで具体的にイメージし、わかりやすく丁寧に理事会にご説明できるでしょうか。

マンション管理組合を経営してゆく視点を持っていること

さらに、マンション管理組合の顧問弁護士は必然的にマンション管理組合と長期間継続的な関係を持つことになりますので、顧問弁護士が法的問題に対応した結果が徐々にマンション管理組合運営に浸透してゆくこととなります。たとえば、お金に関して行った対応はマンション管理組合運営の財政面へ、管理規約等のルールに関して行った対応はマンション管理組合運営のガバナンス面へと良かれ悪しかれ徐々に影響を与えてゆくこととなります。

ここからいえることは、マンション管理組合の顧問弁護士であるからこそ法的問題のその場限りでの解決に終わることなく、マンション管理組合を今後も運営してゆくという観点に根差した長期的な視点からの判断及び対応が求められるということになります。「going concern(ゴーイング・コンサーン)」は何も企業だけの専売特許ではなく、住民のみなさんが生活の基盤として長期間暮らすマンションにこそむしろあてはまる言葉であり、そういった視点を持った顧問弁護士こそこれからのマンションには必須といえるでしょう。

 

執筆者プロフィール

弁護士 小川 敦司

私立浅野高校卒業
上智大学法学部法律学科卒業

平成17年  東京にて弁護士登録。
平成21年  神奈川にて共同経営形態で法律事務所を設立。
平成26年10月  川崎で現在の川崎フォース法律事務所を設立。

日経新聞、朝日新聞、神奈川新聞などで弁護士としてのコラム・コメントの記事掲載実績多数。 大手不動産管理会社、日本建築家協会、神奈川県建築士会、神奈川県マンション管理士会など講演実績多数。

中小企業(不動産仲介・管理、建設、派遣、メーカー、小売、キャラクタービジネス、IT)、事業協同組合、マンション管理組合など法律顧問実績多数。

趣味はランニング、登山。
家族は妻と一男一女。
所属(登録番号) 横浜弁護士会(登録番号32908)

【信頼できる顧問とは 第三回】士業の経営戦略とは ランチェスター社労士 川端康浩

文:ランチェスター社労士 川端康浩

「信頼できる顧問の選び方」の第3回目です。

※過去の記事はこちら
【第一回】士業の事務所の選び方とは!
【第二回】税理士にも経営コンサルティングの知識が求められている!

今回は顧問先から選ばれるための士業にとっての経営戦略や付加価値について考えます。

 士業の競争激化

最初に、士業にとって一番大事なのは、「専門領域」の基本商品です。
その基本商品とは、税理士であれば税の申告業務、社労士であれば労働法令に関する業務です。
この専門領域の基本を外すことはできませんが、お客さんが求めるニーズはその先にあります。そこで考えたいのが士業にとっての経営戦略です。

世の中に商品や情報が溢れている現在、モノを買おうと思えば、いくらでも購入することができます。
もし、あなた自身が購入者だとしたらどうでしょうか。
何かの商品を購入しようというときに、市場に同じ商品があった場合、少しでも安いほうを買おうとするでしょう。
しかし、売り手側にとって、適正な売上や利益を得ることができるでしょうか。

これは士業にとっても同じです。
大量生産販売で効率化が図れる巨大資本のメーカーならいざしらず、士業のような人的サービス業が価格競争に巻き込まれると、適正な売上や利益の確保が大変難しくなります。
何十年も以前は、需要に対する士業の絶対数が少なく、競争になりにくい面がありました。しかし毎年毎年、資格試験が行われ、合格者の中から必ず一定数の開業者が現れます。時を経るに従い同業者が増えますので、競争は増すばかりです。
同質化した商品を販売し合う競争状態になると、決まって発生するのが「価格競争」ですが、有資格者同士での同質化の戦いから抜け出る方法が必要です。

(さらに…)

【信頼できる顧問とは第二回】 税理士にも経営コンサルティングの知識が求められている! ランチェスター社労士 川端康浩

文:ランチェスター社労士 川端康浩

「信頼できる顧問の選び方」の第2回目です。

(第1回はこちら:【信頼できる顧問とは第一回】 士業の事務所の選び方とは!

士業と呼ばれる職業において、とりわけ税理士事務所、社会保険労務士事務所は、経営者の経営相談に直接対応する機会が多い職種であると思います。

税理士にも経営コンサルティングの知識が求められている

特に税理士は、税務だけでなく、売り上げや利益の目標数字の決定など、経営計画そのものである数字に関わります。

経営計画の中では、経営者は売り上げや経費などの数値計画を立てます。
3年や5年先の数値目標をどう設定するべきか。必要な経費項目の数字はどうなるのか。
たとえば、事業拡大のために新しく新社屋を建てるにはどのくらいの資金が必要になるのか、それに伴う人員増員時の人件費はいくら必要になるのかなど、数字として明確にする必要があります。
そこで、本来は「税の申告」など税務業務が本業であるはずの税理士に、経営計画について相談をします。

この時に経営者が税理士に求めるものは、税務のプロとしてのスキルではなくて、経営コンサルティングのスキルになります。

(さらに…)

【信頼できる顧問とは第一回】 士業の事務所の選び方とは! ランチェスター社労士 川端康浩

文:ランチェスター社労士 川端康浩

税理士事務所、社会保険労務士事務所、法律事務所など、さまざまな士業の事務所がありますが、顧問を依頼したいときには何を基準にすればよいでしょうか。
今回は士業の事務所の選び方を考えてみます。

(さらに…)

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